満天の星がいまにも落ちてきそうに輝き、瞬く夜空。
ひときわ眩しく輝く星を、触りたいと言わんばかりに隣の少年は手を伸ばした。いや、彼ならば、もしかすると触れることが出来るのかも知れない。
眼下に広がる豊かな地を統べることの出来る、たった一人の存在。
王家の血を引く唯一の人間。尊く、貴い少年、土方十四郎。
最初は、彼の事を信頼もしていなければ期待もしていなかった。
彼の保護者である男も、共に生活をしてきたという少年も、そして土方十四郎も、平和な地で長い時を過ごしてきただけあってか、やけにのんびりとした性格になっていて、そんな土方十四郎が国を取り戻す戦争を戦い抜くことなど、出来るはずがないと。
ましてやその軍を率いる総大将など、すぐに投げ出すに決まっている。僕はそう思っていた。
だが僕の予想に反して、土方十四郎は成長した。いや、もともと備わっていた素質が開花した、と言うべきだろう。
彼は、今まで僕たち中つ国の軍に協力しようとしなかった部族も一気に仲間につけ、数々の戦果を挙げ、各地を敵軍から解放し、そして明日には敵軍の根拠地に乗り込み、戦の決着をつけようとしている。
土方十四郎、軍の士気を上げ、結束を固め、皆の意識を変え、そして今、世界を変えようとしている。混迷を平和に。混沌を静寂に。悲しみを安らぎへと。
「…伊東?」
僕の意識を支配していたその土方十四郎が、黙ったままの僕を心配そうに見つめている。彼の肩越しに満天の星空が見える今の景色は、悪くはない。
だが今はその景色に見とれている場合ではないだろう。僕も長時間立ったままでいるのは、今の体調からしてあまり良いとは言えない。
「平気だよ。それより、僕に話があるのではないのかな?土方君」
「ああ、そうだ。…その、刀のことだ」
「やはりね。その話だと思っていた」
「なら、俺の言いてェ事は分かってンな?」
土方君の切れ長な瞳が、僕を威嚇するように鋭くなった。
僕はその視線を受け流し、自らの腰に存在する二本の刀を見る。金色の刃を持つ双刀は、魂を砕く魔の刀。
使うたびに僕の魂を砕き、命を削る。だが代わりに多大な力を僕にもたらし、そのおかげで今まで数々の危機を乗り越えられてきた。
ずっと、土方君には隠してきた。この刀のもたらす幸福も不幸も。彼の知る必要のないことだ。
土方君が進む道に、影は要らない。ただ黄金の道を行けばいい。たとえその道を行く過程で誰が倒れようが構わないだろう。彼は揺るぎのない存在。僕の命が道半ばで散ったとて、些末なこと。この国の頂点に立つべき土方君は、もう後ろを振り返る必要はない。
「もう、この刀は使うなと…。君は言いたいのだろう?」
「当然だ。その刀、もう使いすぎてンだろ。だからお前は倒れて今も酷ェ顔色してんだから…ッ!」
「君が責任を感じる必要はない。僕の命はこの国に、君に捧げているのだから。君の為にこの命が役に立つなら、」
「黙れ!!」
悲痛を帯びた声音が響く。空を飛ぶこの船の庭に。ひたすら傍観し続ける宵闇を鋭く裂くように。
土方君は泣いていた。涙の流さない泣き方。いずれこの国の王となる彼に、僕が出会った当初からひたすら教え込んできたことだ。
人前でみだりに感情を暴発させてはならない。
民衆を導く者が、人前で取り乱してはならない。
泣くなと。怒るなと。ただ冷静に、いつだって落ち着いていろと。
その僕の教えが身についている彼に、僕は本当に心から嬉しくて笑った。
僕の笑顔が気に障ったのか土方君は怒りに身を震わせるばかりだ。
「何が可笑しい!?」
「いや、すまない。…たとえ、これから先、この刀を使わず戦を終えられたとしても。僕はきっと死ぬだろう。君の役に立てないならば、生きていても仕方がない」
「ンな事、言うな。テメェの命をテメェが軽んじてどうする!」
「事実を述べているだけさ。…僕は、もう覚悟しているんだ」
君の為に死ぬ覚悟はとうに出来ている。
いつからか、ひたむきに頑張る君を見ていた。挫折を味わっても、絶望に心痛めても、いつだって人々の期待に応えてきた土方君。悲しみ、苦しみながらも前へと進むことを止めない彼は、僕だけじゃなくたくさんの者を惹きつけてやまない。
そう、僕だけではない。この船に乗る仲間たちは、きっと全員が土方君を大切に想っている。だから…土方君に、僕だけを見てほしいだなんて、一生言うつもりはない。
自分に向けられる感情にはことごとく鈍い土方君は、きっと誰からの好意にも気付いてはいないのだろう。誰もが仲間以上の好意を土方君に向けているというのに。
「だから土方君、ッ!?」
土方君を見れば、彼は今までに見たことがないほどに傷ついていた。
「覚悟、なんざ聞きたくねェ」
つい先日、危機に陥った土方君を救うべく、この魔の刀を解放したために倒れてしまった僕を見た時よりも、酷い顔をしている今の土方君は、不謹慎極まりないがとても綺麗だ。
どんな表情をしていても彼はいつだって、僕の心を奪う。魂は刀に明け渡してしまうだろうが、命と心は彼に捧げたい。だから、彼が僕の言葉で傷ついたならば、僕は。
「…すまなかった。本当にすまない」
「謝罪なんざいらねェ。俺が聞きたいのは、」
「分かっている。…もう、使わないよ。この刀は」
こう、言うしかないのだろう。彼を安心させるには。
使わないだなんて保証は出来ない。彼が危機になれば、僕は迷うことなくこの刀を抜くだろう。たとえ、あと一度使用すれば死ぬと、分かっていても。
刀を使い始める前よりも動きが悪い体。すぐに息が切れるこの身。気を抜けば咳きこんでしまう、刀に侵食された僕はもう長くはもたない。
だが僕だって死にたい訳ではない。出来る限り土方君の願いに応えて、生きていたいと思う。
そんな僕の吐いた、嘘とも本当とも言えない誓いは、ひとまずは土方君を安堵させることが出来たようで。
「…そう、か」
彼はようやく顔色をよくした。緊張の解けたその表情には幼さが見えて、それがあまりに愛おしくて。
僕は軋む筋肉を精一杯動かして、彼の白い頬に指先で触れた。初めて触れた彼の頬は、柔らかく滑らかで更に愛おしさが増してしまって。
ああ、愛している。この短き命でも、君の役に立ちたいと強く願う。
「君のつくる国のために、僕は戦いたい」
「伊東…」
「君のために、僕は生きてみたい」
出来ることならば、戦いが終わった後も君の傍に立っていたい。桜の下に立つ君を、爽やかな潮風に吹かれる君を、紅葉の赤に染まる君を、雪に髪を濡らす君を、隣でなくても構わない。ただ近くで見られたなら。
「い、伊東…」
「…すまない。少し疲れたようだ」
いつの間にか僕の心からの願い故に、顔がどんどんと近くなっていたらしい。土方君の長い睫毛がよく分かる距離にまで迫っていた顔を、僕はすぐに離した。赤面している土方君はとても可愛らしいが、僕の疲れたという言葉にすぐ顔色を青くして、僕の腕を引いて部屋へと向かう。
その手に引かれながら、僕はもう一度星空を見上げた。
いつだったか、土方君が「流れ星が消える前に願い事を三度唱えれば、それが叶う」と教えてくれた。
そして今、星空を見上げた僕の目に映った流れ星に、僕はそっと願い事を心の中で唱える。
どうか、少しでも土方君と、時を共有出来るようにと。
完。
遙か4、忍人ルートパロ!!
あの忍人がかっこよすぎるスチルが見られるイベントを、鴨と十四郎でパロってみました。最初は銀さんで書こうかなと思ったんだけど、銀さんは銀八として風早ポジションかなと思ったので。那岐は総悟ね!
あああ忍人好きだァァァ!!やべ、遙かパロ楽しいかも。
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