思えば、いつからだっただろう。
トシと少し距離を感じるようになったのは。
以前は、本当にトシは真選組のために必死だった。休みも返上で仕事をこなして、昼夜関係なくペンを握ったり刀を握ったり。
俺はそんな壊れそうなトシを見ながら、心配しつつも内心少し嬉しかったんだ。
だって、トシは心配する俺にいつだってこう言うから。
『アンタの為に生きてンだ。アンタの役に立つことが、俺にとっての生きる価値ってヤツだからよ』
誰だって、誰かが自分の為に生きてくれていると知ったら嬉しいモンだ。勿論トシは大事なダチだが、これがトシじゃなくて、たとえば山崎から言われた台詞だとしても、俺はめがっさ嬉しい。
そんな奴の為に、俺だって何でも出来ちゃう。そうやって人間は誰かの為に強くなる。そういう仕組みなんだ、人間関係は。
それが、いつからだったっけ。
特にいつから、なんて具体的な日付はなく、確たる理由もないんだけれど。
なんとなく、そう本当になんとなく、トシが変わった気がする。
「なあ、トシ」
「ん、何だよ近藤さん」
机に向かい仕事を進めるトシの後ろで、俺はゴロンと寝転がりながらトシを呼んだ。これが俺じゃなく総悟だったら、仕事をしろだの、勝手に部屋に入るなだの文句を言うくせに、俺には言わない。
ちょっとだけ優越感を覚えながら、俺はトシの背中を見た。
隊服の上着を脱ぎベスト姿のその背中は、細い。何故だか一瞬、お妙さんと重なって見えた。
勿論お妙さんの方が何倍も細いし、女性らしい丸みをおびた、しなやかな後姿だ。なのになんでだろう、お妙さんの背中を見つけた時と同じように、唐突にトシのその背中を抱きしめたい衝動に駆られて。
何だろう、最近お妙さんに会えていないから、だろうか。まあ会ったところで抱きしめるどころか地面に伏すことになるんだけどさ。
「…近藤さん？」
いつまで経っても俺が話さないことに焦れたのか、トシが振り返った。その唇にはいつものように煙草が居座っていて、俺はむっとして起き上がりその煙草を奪い取った。
「あ、」
トシが眉を顰めるも気にせずに、それを灰皿に押しつける。お役目を終えた煙草は、まだ長い寿命があった。
「何するんだよ」
「煙草、本数増えてるだろう。トシの体が心配なの！勲は！」
「増えてねーよ。いつも通りだ」
「減らす努力をしなくちゃ変わらないでしょーが！」
「…ハァ、分かった分かった」
トシは困ったように溜息を吐いて、頷いた。寂しそうに唇を舐め、また仕事に戻る。
その横顔に、俺は当初トシを呼んだ目的を果たそうと口を開いた。
「なあ、トシ」
「だから何だよ」
「…仕事、大丈夫か？多くないか？無理してないか？」
俺の言葉が意外だったのか、トシは目を丸くして再び俺を見た。
そして微かに笑って小首を傾げる。その表情は、俺が見たことのない程に温かで。
「アンタの役に立ちてーンだよ。アンタの為なら、俺ァ死ぬ覚悟は出来てンだ」
ほら、トシ、変わった。
何だかすごく寂しくて、悲しくて、トシが遠くに行った気がして、俺は泣きそうで。
つんと鼻の奥が痛くなって俯くと、トシは俺の顔を覗きこんで心配そうに眉を下げた。
「どうした、近藤さん」
「ん…、トシが、そんな感動的な台詞言うから、何か…」
「感動的？ずっと言ってンだろ、昔から」
違うよ、トシ。お前昔は、俺の為に生きてるって言ってたんだ。でも今は、俺の為なら死ねるって、そう言うんだよ。
なあ、今は誰の為に生きてるんだ？
誰か、俺じゃない誰かの為に生きているなら、俺はお前の幸せを想って、お前を手放した方がいいのかな？
その方が、お前の幸せなのかな？
「…そう、だな。トシは昔から、優しかったよなァ」
「優しくなんざねーよ、アンタに比べりゃ、な」
「ううん、トシは優しいぞ。まだ俺の隣に居るじゃねーか」
トシがそうやって優しく俺に笑いかけるから、俺はトシを手放せない。
トシの一番が俺じゃないことが、こんなに悲しいなんて。
「ずっと居るって、死ぬ時はアンタと一緒だ」
生きてる間も、俺と一緒って言って欲しい。なんて、きっと俺のわがまま。
完。
無意識のうちにトシが好きな近藤さん。
自分の為に死ねる、じゃなくて、自分の為に生きて欲しいのです。
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