今日は、少し厳しい授業だった。いわゆる実地での実技授業。
小競り合い程度だが、戦の起こっている地に行かされた。俺の通う学園が懇意にしている軍側につき、敵側に潜り込んで味方の有利となるような情報を盗んだり、戦場に工作して敵側に損害を与えたりと、いわゆるフリーの忍者がするような任務をこなす。
だが俺はまだ学園に通う生徒だ。一人前の忍ではない。だから今回の授業は二人一組でこなすのが担任から出された条件だった。
そして俺のペアは銀時だった。一年の頃から何かとペアを組むことが多く、寮では同室。俺の事を一番理解している親友。
最早コイツ以外と組んだところで、俺が百パーセント力を出せるはずがないと担任も判断したんだろう。…銀時は、誰と組んでも器用に任務をこなすだろうが。
銀時は、本当に俺のことを理解している。俺のことを何でも知っている。
俺がクナイを投げる時、的より僅かに右に逸れる癖や、気配を察知するのが銀時より一瞬遅れることも。
…それに、俺が様々な不運に見舞われてしまう体質だということも。
だから、こんなことになった。
今、目の前に横たわるのは左腕と右足、そして頭から流血して痛みに悶える銀時だ。
敵側に潜入し、重要な情報を入手していた最中のことだった。
上手く潜入するべく女装をしていた俺と銀時だったが、俺が足を滑らせて池に落ちてしまい変装を崩してしまったのだ。
水を吸い重くなった服の俺をフォローしながら、銀時は俺達を囲む敵を突破した。
だが追手から必死で逃げてくる途中、またしても俺の不運が銀時を巻き込んで。
逃げる途中にどうしても通らなければならなかった吊り橋が落ちたのだ。渡っている途中で。
老朽化した縄が俺達の重さに耐えきれずに切れた時、銀時は。
俺を庇った。
気がつけば吊り橋の破片が散乱する川原で転がっていて、銀時が痛みに呻いていた。つまり今の状況だった。
俺も銀時もずぶ濡れだ。おそらく川に落ちたのだろう。だが俺は岸に上がった記憶がない。
銀時が怪我を負った状態で、俺ともども岸まで這い上がったのだろう。だというのに俺は落ちた衝撃で気を失っていて…最低だ。
「ッ…く、ひじか、た…」
「ぎん、とき」
どくどくと、夜の闇を染めるかのように銀時の血が流れている。川のせせらぎも虫の声も、銀時の荒い呼吸にかき消されて聞こえない。
どくどくと。どくどくと。
銀時の忍装束が赤に変わっていく。
目の前が真っ赤になる。
景色が赤になる。
銀時の肌が、指が、髪が、赤に――――
「土方!」
「ッ!」
「大丈夫か!?気ィ、…ッしっかり持て!」
「…あ、ああッ」
そうだ、動揺している場合じゃない。
慌てて俺は銀時の怪我を診る。
腕の傷はたいしたことはなさそうだが、足は深い。頭からの出血は、どうやら額が切れただけのようだ。
俺は頭を覆っている頭巾を外して、銀時の怪我をした付近を強く縛った。まずは出血を止めなければ。
「包帯を持って来てりゃ…」
「いくら、お前が…保健委員、長でも、任務中に包、帯は…ッく、」
「喋ンな!」
「だって、泣きそう、だから」
泣きそうだと言った銀時の表情は微笑んでいた。
意味が分からなくて首を傾げると、俺の頬に生温いものがあたって。
それは血にまみれた銀時の指だった。
「お前が、泣きそうだから…」
「…俺は、泣かねェっ」
「そう、か?でも泣き、そうだ」
「泣かねェ!俺が…ッ、俺のせいで!俺のせいでお前がッ…」
俺がしっかりしていないばかりに、池に落ちて変装がバレて。
俺が確認も警戒もせず吊り橋に足を踏み入れたばかりに、吊り橋が落ちて。
俺とペアを組んだばかりに、コイツは怪我をして。
「いつだって…いつだってお前は!」
「………」
俺のせいで銀時は損をする。
俺のせいで銀時は、いつも損をする。
いつだってそうだ。ペアを組んで臨んだ試験も、俺のせいで減点になった。
俺の隣に座った食堂では、二回に一回はおかずが一つ足りない。
一緒に行ったアルバイトでも俺がトラブルを起こして、そのたびに銀時が謝ってくれた。
いつだって、いつだって迷惑をかけた。
だが、それでも何度でも、コイツは俺と共に居る。
怒っても構わないのに。文句を言われても仕方ないのに、コイツはいつも変わらない笑顔で。
銀時が笑っているのに、俺が泣くだなんて、許される筈がない。
「もう、嫌だ…」
「ひじかた…?」
「俺を庇うな…。もう俺と居ねェ方がいい!部屋も変えてもらって、授業でももうお前とペアはっ」
「ふざけんな」
銀時の低い声が響いた。
ハッとして銀時を見ると、赤い瞳が俺を鋭く捉えている。怒っているのだと理解し黙り込んだ。
そりゃそうだ。俺と居ると不運がうつるだなんて、ずっと前から分かっていたこと。それなら、もっと前に今の台詞を吐くべきだったんだ。コイツがこんな怪我を負う前に、俺から銀時と離れるべきだったんだ。
こんな事になってから気付くだなんて、銀時が怒っても無理はない。…いや、本当はもうとっくの昔に気付いていたのに。
ただコイツから離れられなかった。離れるだなんて有り得ないと思っていた。そんな俺の弱さが招いたのだ、今のこの状況は。
「ぼーっとし、て…また、くだらねェこと、考えて…んだろッ」
「銀時、」
「知ってた、か?」
「…何を」
「俺…稀に見る強運、の…っ持ち主だ、ってこと…」
銀時の目から剣呑な光が消えた。代わりに現れたのは、いつも優しい笑み。
少し困ったような、俺の好きな表情。
「お前、が…ンな不運でも、ここまで生き、てこれた…のは、俺が横に居たか、らだッ」
「銀時…」
「居るか、ら…ずっと、俺は…お前のと、なりに」
何故。何のメリットがあって、そんなこと。
そう考えて、やめた。そうだ、コイツはそんな奴なんだ。
誰よりも優しくて、優しすぎるような奴だ。そんなこと、ずっと前から知っていた。ずっとずっと隣に、居たんだから。
銀時は笑った。血の飛び散った頬のままで。俺も微かに笑い返した。銀時の血のついた頬のまま。
その笑顔が愛おしすぎて。
「泣くな、よ…土方」
「泣いてねーよ!」
「でもすぐ、泣くぞ。…あと十秒、後くらいに」
「泣かねーって言ってンだろ!」
「泣く、から…絶対。お前の事は、お前以上…に知って…ッう、」
「銀時!」
一際大きく銀時が呻いた。俺は一体何をしていたんだろう。
怪我をしていない俺が、まっ先に助けを呼びに行くべきだった。我に返って立ち上がった時、吊り橋のかかっていた付近から声がした。
俺と銀時を呼ぶ友の声。銀時もそれを聞いたのか、安心したように気を失った。
ああ、怪我を負った身になってまで、コイツは俺を心配していたのか。俺はいつだって、コイツの優しさに気付くのが遅くて。
自分がたまらなく嫌になる。自己嫌悪に呑まれそうになる。だが、そんな俺でも、銀時が庇った奴だ。
銀時が好きな俺を、俺が安く扱う訳にはいかない。
「俺、強くなるからよ。銀時」
意識のない銀時が、笑った気がした。何だか切なくなって、俺は一粒だけ泣いた。
完。
伊作→土方
食満→銀時
こんなにシリアスだけど、二人とも女装のままです(それ言っちゃダメ)
しかも中途半端に濡れてるから、メイクもぐちゃぐちゃ…(それ言っちゃ以下略)
とりあえず、どんだけ土方ってば使えない忍者。
銀さんがとてつもなく優しい。アレだ、たぶん私が元ネタの食満が大好きだから!
あともうひとつ、にんたまパロでネタがあるんだよなー。もうちょっと固まってから書こうっと。
原作では実地授業とかねーよ、とかいうツッコミはどうかご容赦下さい…!原作未読な私でございます…!
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