◆傭兵×雇い主
相手→直江兼続
私の父は地元でも有名な豪商だ。父一代で築き上げた金貸し屋。裏では汚い金が大量に動き、薄汚れた取引をいくつも結んでは裏切りの連続。
そんな父が嫌いだ。ずっと嫌いだった。
でも私が金狂いの父の娘なのは変わらない事実で、そんな父の薦める殿方に、私は今まさに嫁ごうとしている。
意に染まぬ結婚。一度も会った事のない殿方の屋敷へと向かう輿に、私は揺られていた。
流されるがままの人生に、涙も出ない。怒りもない。ただ波に流され漂う流木のよう。
「ああ、来たようじゃな」
ふと輿の傍を歩く私の目付役が声をあげた。
「おお!そなたが私の雇い主だな!」
遠くから駆け寄って来た馬の蹄と、それを軽くかき消す程の大声。
ああ、そういえば道中、山賊の出る峠を通るからと護衛に傭兵を雇ったと父が言っていた。きっとその方だろう。
私は輿を止めるよう命じた。すぐに止まった輿の簾を上げ、中からその傭兵の方を覗く。
真白い衣服に変わった兜。何よりも爛々と意志の燃え上がる瞳に、つい目が向かう。なんて、生気に満ちた瞳だろう…。
彼の目が私を見つけ、凛々しさを秘めた笑みを向けられた。
「そなたが、この度隣国へ嫁がれるという姫君だな!私は直江兼続。そなたの父君と交わした護衛の任を、義と愛をもって果たすと約束しよう!」
「あの……宜しくお願い致します…」
熱いお方だ。でも、澄み渡った彼の瞳が、全て本心から出た言葉だと物語っている。
ずっと澱んだ瞳しか知らなかった。
金に狂った父の目も、父ではなく父の作る金を愛する母の目も、屋敷の者達の目も、暗く澱んでいたから。そしてきっと私の目も…。
「兼続、殿」
「はっ。何か御用で?」
「…ずっと輿に揺られるばかりで暇なのです。話し相手になって頂けませんか?」
護衛の任で雇われた傭兵の方に、話し相手を頼むのはおかしなことだ。そう分かっていても私はもっと直江兼続という方を知りたかった。こんなに真っ直ぐな眼差しを持つ方は初めてだから。
兼続殿は一瞬、驚いたように目を丸くしたけど、すぐに柔らかく微笑んでくれた。
「この兼続、騒がしいから黙っていろと言われる事は多々あれど、話してと請われたのは初めてだ!是非とも暇潰しに私を使ってくれ!」
なんて優しい微笑みだろう。その笑顔に自然と私の頬も緩む。
笑ったのなんて、久々だ。…不思議だわ、胸がぽかぽかと温まってゆく。
輿が、動き始めた。
兼続殿は輿との距離が縮まるよう、下馬して輿の横を歩いてくれた。
兼続殿のして下さった話は……彼の口癖を借りるなら義と愛に満ちた話だった。
あまりに眩しい話を、朗々とした声音で続ける兼続殿は、あまり話すのが得意ではない私が単調な相槌しか打てなくても、気を悪くすることなくひたすら話してくれた。
やがて山賊も現れず峠を越え、嫁ぎ先の家からの出迎え一行と落ち合う目的地に到着した。
到着、してしまったのだ。
ここで兼続殿とはお別れ。私は未だ見ぬ男の元へ、父の荒稼ぎの道具として嫁がされる。
まだ相手方の迎えは到着していないようだ。私は兼続殿にご挨拶すべく、輿を降りた。
兼続殿は目付役と何やら話していたけど、私に気付くと晴れやかな笑みと共にこちらへと歩み寄って来てくれた。
「姫君、長旅でお疲れでしょうな。私の話が僅かでも暇潰しに効果があったなら嬉しいのだが」
「ええ。あなたの話はどれもこれも非常に興味深く、私の見る事叶わぬ世界ばかり。ただただ憧れます」
「見る事叶わぬ…?」
「屋敷の奥で銭のぶつかる音を子守歌に眠り、今また金の為に何処ぞの殿方と契る。それが女の生き方とは分かっていますが、それでも、あなたの様に眩い世を歩いてみたかったと思います」
出会って一日も経っていない方。
私の知らない世界を生きる方。
羽虫が篝火に惹かれるのと同じく、私も兼続殿に惹かれているのを感じる。
どうしようもないの。止まらない。
兼続殿は、私の頬をつたう涙に眉を寄せ、苦しげに胸を押さえた。
「………成程。姫君の人生は不義に満ちたものだったのだな…」
「も、申し訳ありません。涙を見せるなど、なんとも情けない…」
「………いや」
兼続殿は首を左右に振ると、おもむろに胸元から風呂敷に包まれた小判を取り出した。
「これは姫君を護衛し終え、つい先程頂戴した報酬だ」
「…そうですか。守って頂き、有難うございました」
「この金を、あなたにお渡ししましょう」
「え?」
「私は義と愛に生きる傭兵、直江兼続!報酬に見合った仕事を完璧にやり遂げよう!」
兼続殿は小判の包まれた風呂敷を私の掌に乗せると、何を言うでもなくただ私を見つめる。
暫くして、兼続殿の温かい眼差しが無言で訴えるそれが分かり、私はどきどきと心臓を高鳴らせた。
「で、では…兼続殿、この金をあなたに渡し、今この場から私を攫えと任務を指示したなら…」
「我が義は決して裏切りませんぞ!」
兼続殿が不敵に笑った。
すぐに私の手から風呂敷を奪い、そして手近にあった馬の手綱を掴み、私を馬上に引き上げる。
目付役がそんな私に気付いて顔色を青くした。
「ひ、姫様?何をっ」
「この直江兼続、只今より姫を攫う任を遂行する!」
夕日が、山の向こうへ沈んでゆく。
目付役やらが一斉に騒ぎ出す中、兼続殿は馬に鞭打ち、疾風となってその場を走り去った。
「兼続殿っ」
「何だ、どうした!?」
「……ありがとうっ!」
兼続殿が、背にしがみつく私を振り返り、静かに微笑んだ。
fin.
兼続をカッコよく書こうとした結果がこれです。兼続をマトモに書けないのだよ…。だってゲームからしてマトモじゃないもの…!
ネガティブヒロインでした!
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