彼はリビングに入って来るなり、寝ぼけ眼をくっきりと驚きで見開いた。
そして何やら怒ったような様子でわたしの座るテーブルまで寄って来て。
「今、何時だと思っているのです!四時ですよ!?」
「すみません、惟盛さん…。課題が終わらなくて…明日までに仕上げないとダメなんです」
時計が示すは深夜四時。わたしだって早いところベッドに潜って寝てしまいたいけど。課題なんだから仕方ない。
惟盛さんは五時間前くらいに、わたしより先に寝室に入って行った。おそらく喉でも渇いたから起きてきたんだろう。
丁度いい。眠気覚ましにわたしもコーヒーを淹れようと、凝り固まった肩を回しながら立ち上がった。
「冷たいお茶でも入れてきましょうか?またすぐに寝るんでしょう」
「べ、別に私は自分でお茶くらい用意出来ます。…それで、貴女は?」
「え?」
「ですから、貴女は何を飲みたいのです?ついでですから私自らが淹れてさしあげましょう。光栄に思いなさい」
なんとも珍しいことに惟盛さんがキッチンに立った。いつもなら「何故高貴な生まれである私が料理など」とか言って絶対にキッチンに近付かないのに!
若干、キッチンに慣れてないだろう惟盛さんが心配で、わたしはこっそり影から中の様子を窺う。
惟盛さんはインスタントコーヒーの表記を頑張って読みながら、カップを二つ用意して、砂糖とミルクと――って、あれ?カップが二つ?
「惟盛さんもコーヒー飲むんですか?」
「ッ……!何を見ているのです!盗み見とは誉められた趣味ではありませんよ!」
わたしの呼びかけに慌てた様子で、インスタントコーヒーから目を離す様が、なんていうか可愛らしい。コーヒーなんて自分で淹れたことないだろうに。
「はあ…ごめんなさい」
「ぼうっと間抜け面で立っている暇があるなら、さっさと課題とやらを終わらせなさい。徹夜で大学へ行くなど情けない真似、同居人として私が許しませんよ」
…とても分かりづらいけど、少しでもわたしが課題を早く終わらせられるようにコーヒーの準備を申し出てくれたらしい。
結局適当な量をカップに入れて、ポットから熱湯を注ぐ惟盛さんは、まだキッチンの入口に立っているわたしを鋭く睨んだ。
「何です。早く課題を終わらせなさいと言っているでしょう」
「惟盛さんも今から起きるんですか?まだ四時ですよ」
「私がいつ起きようと貴女に関係無いでしょう。読みかけの本の続きが気になって眠れないのですよ」
さっきリビングに入って来た時はいかにも眠いですって顔だったのに。よく分からないけどわたしに付き合って起きてくれるらしい。
出来たコーヒーをつっけんどんに差し出され、惟盛さんは満足げに口角を上げた。
「飲みなさい。この私が淹れたのですから、不味いだなんて言わせませんよ」
「ありがとうございます。コーヒーもですけど、惟盛さんの気遣いが嬉しいです」
わたしを心配してくれている――んだろう惟盛さんに、素直に礼を言う。
惟盛さんは一瞬目を丸くしてから、すぐに不機嫌そうに眉を顰めてリビングへと行ってしまって。
「誰が貴女を気遣ってなど!別に貴女の様子が気になって起きている訳ではありません」
「そうですか。勘違いでしたね、ごめんなさい」
「くだらない事を言っている暇があるなら、早く課題をしなさいと何度も言っているでしょう。それから何か上着を羽織りなさい。風邪をひきたいのですか?どうぞ私にはうつさぬように」
何とも面倒そうに吐き捨てながら、惟盛さんはソファの背に掛けていた自分のカーディガンをわたしに放り投げてきた。
ふわりと甘い香水の匂いが漂って、その惟盛さんの香りに心が温かくなる。
「ありがとうございます」
「私は何もしていませんよ。さっさと筆を進めなさい。でないといつまで経っても眠れないではありませんか」
「眠ければ先に休んで下さってもいいんですよ?」
「っ、人が動く気配があると眠れないのですよ!ですから起きているしかないのです!私に迷惑をかけるとは、良い度胸ですね」
惟盛さんは、読みかけの本があるからとか言っていたのに、手にはコーヒーカップのみを持ってわたしがさっきまで座ってた椅子の隣に腰を下ろした。
わたしも再び椅子に戻り、シャーペンを握る。
羽織ったカーディガンと、隣のひとから香る甘い甘い花。
神経質に消しカスを指先でつまんでゴミ箱に捨てている惟盛さんが、とても愛おしくて、わたしはそっと惟盛さんの肩に頭を預けた。
すぐに動きを止めた惟盛さん。しばらくしてわたしの肩に回された細腕が、あたたかい。
「……何です、突然」
「一分だけ休憩をと思って」
「…たまには肩を貸してさしあげるのも良いでしょう。私は心優しい人間ですから」
「ええ。本当に優しいです。大好きですよ」
大好きという言葉に惟盛さんが何を、とか私は別に、とか喚き始めたので、わたしは笑いながら頭を起こして、コーヒーに手を伸ばし、一口含んだ。
苦いのが嫌いなわたしのためか、投入されすぎて溶け切れていない砂糖が、ざらりと舌に乗った。
fin.
眠い。そろそろ4時だし寝なきゃと思ったら突然書きたくなりまして…。なぜ惟盛かといいますと、私が4時まで起きてた理由が、遙か十年祭DVDを見てたからですよ!惟盛ソロ大好きだ!松田さーん!
私にも誰かあったかい飲み物つくってくれないかな…。左近来てー!!(笑)
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