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「…なあ吉羅」
「何ですか」

朝から降り続いていた雨は弱まることを知らず、放課後に突入した時間になっても外は暗く、強い雨音が支配している。
こんなに強い雨では駅に着くまでにぐっしょりと濡れているだろう、そう判断した金澤はそれを回避する術を持っている後輩を頼り、たった数分前に理事長室へとやってきたところだった。
金澤の顔を見てあからさまに機嫌を崩し、色がついていれば床まで落ちるほど重い溜め息だと見てとれただろうそれを吐いてみせた吉羅だが、そんな後輩の様子に気を遣う金澤ではない。
何食わぬ顔でソファに腰掛けてみれば、吉羅は更に重苦しい溜め息を吐き出しながらもデスクから立ち上がり、凝り固まった肩を回して理事長室に備え付けてあるキャビネットへと体を向けた。
しばらくして聞こえてきたのはどこか懐かしさを覚えるお茶の渋く香ばしい香り。
吉羅が白く湯気を立ち上らせた湯呑をローテーブルに置く。目の前に置かれたそれに金澤はありがたく手を伸ばして一口啜った。やけどをしそうな熱さがまたいい。
少しずつ少しずつ飲んでいきながら、金澤は自分のコーヒーを手にデスクに戻った吉羅を見やり声をかけたのだった。

「お前さん、飲み物コレクターか?」
「……は?」
「いや、前に俺が来た時は確か緑茶だったが、今日のこれはこぶ茶だろ。よくもまあ色んな茶が出せるなと思ってな」

吉羅にはコーヒー、金澤には大概が日本茶の類であるが、必ずしもそうではない。アールグレイが出てくることもあれば吉羅と同じブラックコーヒーが出てくることもある。
金澤の突拍子もない問いかけに吉羅は付き合う価値がないと判断したのか、書類から顔を上げることもなく素っ気ない返答を投げてきた。

「別にいいでしょう。一日中ここに籠もって書類とにらみ合いをする日もあるんです。飲み物くらい好きに選びたいですね」
「悪いとは言っとらんだろうが。俺としちゃ顔を出す楽しみが増えて歓迎だ」
「…先輩の為ではないんですが」

吉羅がそっと零した苦笑い。その目元は先程までの吉羅とは比べようもなく柔らかく、金澤はその言葉の裏側に秘められた真実を何となく知ってしまった気がして、渋面を作るしかなかった。
そんな時、妙な静寂を慎ましく破るノックが聞こえ、吉羅がはい、と硬質な声を出す。

「あ…理事長、わた――」
「入りたまえ」

来訪者が名前を言う前に吉羅の入室許可が下りる。
金澤は金澤でドアの向こうからの理事長、という声で誰かが分かってしまったのだから、途端に居たたまれなくなっていた。
ドアをおずおずと開いたのは案の定、音楽家の白い制服を纏った一人の女生徒。吉羅と金澤にとってはそれぞれただの女生徒とは思えない間柄ではあるが。
少女は中の様子を窺うように顔だけを覗かせ、すぐに金澤の姿を見つけるとしまった、という顔をした。

「す、すみません、お邪魔を…」
「構わないよ。金澤さんはそろそろお帰りの時間だ」
「お、おい吉羅、俺は、」
「生憎と私は送迎サービスは行っていませんので」
「あ…理事長、それじゃわたしも、」
「君を送ると申し出たのは私だ。つまりサービスではなく私の意思だよ。君をこんな大雨の中、帰らせる訳がないだろう。恋人として」

柔和な声に穏やかな微笑み。吉羅の貴重なそれらは惜しみなく少女に捧げられ、そして贈られた側はそれが自分だけに与えられるものだと自覚がないのか、恐縮しきって肩を縮めている。
十何年前からの付き合いである金澤からすれば、吉羅の感情をここまで引き出す誰かがいるとは思いもよらなかった事だ。驚くと同時に居たたまれない気持ちになる。砂糖でも吐いてしまいそうなほどの胸焼けだ。

「では金澤さん、」
「え?」
「話は聞いていたでしょう。私の車は既に予約されているので」
「あ、あの、よかったら先生も一緒に…」
「先輩、お帰りを」

「………じゃあな、ちゃんと吉羅に送ってもらえよ」
「どうぞお気をつけて、金澤先輩」

結局金澤は吉羅の圧力に屈するしかなく、この雨の中を傘一本で戦う決意を固めた。
すごすごと理事長室から退散する中、背中で聞いたのは吉羅のすこぶる上機嫌な声。

「もう少しで仕事が片付くので待っていてくれたまえ。何か飲む物を用意しよう。君の好きなものを選んでくれ」
「あ、ではミルクティーを…。あの、自分で用意します」

理事長室に備えられた豊富なドリンクメニューは、やはり――。
またしても胸が甘さに焼ける心地に、金澤は眉間にくっきりと皺を寄せながら静かに理事長室のドアを閉じた。



fin.







モバコルの金やん雨だれ楽譜があまりに素敵だったので衝動的に!!!
吉羅ァァァ!!吉羅がステキ!!!!これは土浦の文化祭スチル並みに素敵です!!(今までのモバコルスチルで一番好きなのが土浦学ランなので)
でももうそろそろ吉羅だけのイベントが来てもいいのよ。吉羅攻略可能になってくれてもいいのよ。
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