固定ヒロイン設定の、IF編。
固定ヒロイン設定夢じゃ、絶対に有り得ないシチュエーションをIF編として書きました。やっちまったな!
禁断の悲恋ネタです。悲恋話が苦手な方はお戻り下さいませ。
切なくなってたらいいな。
いつか、また会えたら。
その時は伝えようと決めていた。
日曜のうららかな午後を思い思いに過ごす人々の溢れる街中。
とても懐かしい姿を見つけて、吉羅はつい足を止めた。
街角の花屋で黄色い花を一輪、手にしている女性。
ああ、間違いなく彼女だ。
ずっと会いたかったようでいて、だが反面避けていたような気もするその姿。
途端に鈍く痛み、だがそれ以上に甘く締め付けられる胸に、吉羅は短く息を吐いた。
星奏学院を卒業し、大学に進んだ彼女と、軌道に乗った学院再建計画にかかりきりになった自分。
互いに多忙を極めて、会える時間がどんどんと減って、電話やメールも少なくなっていった。
それでも、会えた時には会えなかった分の愛情を注いだつもりでいたし、吉羅もまた、穏やかに笑う少女を腕に抱き締めればそれだけで寂しさも不安も消え去っていた。
彼女は笑っていた。
いつだって笑っていた。
その笑顔を何よりも愛していたのに、その笑顔がいつしか翳り始めていた事に、吉羅は気付けなかった。
『ごめんなさい』
不意に彼女は泣いた。ぼろぼろと、いつだって笑っていた瞳から大粒の涙を落として。
『ごめんなさい。本当にごめんなさい』
寂しさや不安や孤独を、ずっとずっと溜め込んでいた彼女の、ウソの笑顔。
その見事に完璧だったウソに気付いたのはあまりに遅過ぎて、吉羅は、唐突な別れ話に言葉を失った。
『もう、無理です』
鳴らない電話。返って来ないメール。埋まらない週末のスケジュール。
もう堪えられないと言った。ごめんなさいと謝りながら、いつも柔らかい笑顔で吉羅を癒してくれていた人は、ただひたすらに泣き続けた。
『ごめんなさい理事長。本当にごめんなさい』
吉羅は何も出来なかった。泣き続ける儚い肩を抱くことも、真っ赤な瞳を見つめることも、ましてや、別れたくはないと言うことなんて。
だって、今、彼女から笑顔を奪い涙を与えているのは、他ならぬ自分なのだから。
携帯から彼女のメモリーが消えて、彼女の通う大学付近には近寄らないようにして、徹底的に忘れようとした。
彼女を引き留めたかったのか、自分から解放してやりたかったのか、自分の気持ちさえ見失って、吉羅はこれまで以上に仕事に没頭した。
仕事を詰め込み過ぎても、食事を抜いても、睡眠を取らずとも、体調を崩しても、もう「無理はしないで下さい」と心配してくれる優しい人は傍に居ない。
何をしていても、何処に行っても想うのはただ一人で、忘れなければと思えば思うだけ、募っていく後悔と恋情。
そう、後悔していた。
あの日、この手をすり抜けて行った彼女を捕まえなかったことを。
だから、もしいつか、また会えたら。
伝えようと決めていた。
花屋の店先で花に見とれる彼女に、吉羅は少し迷ったあとに歩を進めた。
いつも艶やかで吉羅の指先を滑った黒髪はずいぶんと伸びている。
吉羅の甘い台詞にすぐさま赤く染まっていた頬は、未だ白く滑らかで綺麗だ。
纏う雰囲気が大人になった。それだけ、吉羅と離れてから時間が経過したということだろう。
あの頃から止まったままの吉羅の時間とは違い、彼女の時計は止まることなく動き続けていたらしい。
「すみません、これをブーケにしてもらえますか?」
ふわりとはにかんで店員にそう告げた声に、吉羅は心が大きく揺り起こされたように感じた。
ああ、やはり好きだ。
どうして離れていられたのだろう。こんなに、辛いほどに愛おしいと思うのに。
好きだ。彼女だけが、ずっと前から。
もう迷いはなかった。
久々に、彼女の名前を声に乗せた。
振り返った彼女が驚愕する、その薬指に光る指輪に気付いて、吉羅はあと三メートルの所で立ち止まった。
「……理事長」
呆然と、彼女が呟いた。
付き合う前から、付き合い出しても、そして別れた今とあっても、変わらない呼び名が懐かしい。
つい数秒前までは、伝えようと思っていた言葉も、薬指の指輪を見てしまった後では到底言えるものではなかった。
「………」
「………」
「おい、花買えたか?」
二人して黙り込む中、突如として割り込んできた見知らぬ男に吉羅は目を向ける。
彼女と同い年くらいだろう男は、彼女の隣に立つと自然な動作で彼女の持っていた荷物を受け取った。――その左手薬指の指輪は、彼女のものと同じ輝きを放っていた。
「…すいません、コイツが何か?」
「……いや」
あまりにも吉羅と彼女が向かい合って無言でいるため、男が訝しげに吉羅を見る。
掠れた声を何とか出して、吉羅は機械的に笑ってみせた。
「何でも無い。人違いでした」
彼女が弾かれたように顔を上げた。だが何も言わず、泣きそうに顔を歪めて吉羅に背を向ける。
そしてそのまま足早に去って行く背中に、夫は何事かと目を丸くしながら後を追って行った。
そうか。
いつか会えたら、なんて。
自分はどこまで愚かだったんだろう。
「いつか」などと言っている時点で、もう手遅れだったのに。
たくさん泣かせた。
たくさん悩ませた。
それでも、たくさん笑ってくれた愛しい人。
いつか伝えようと思っていた「愛してる」はもう言えないけれど、せめてこれだけは。
「お待たせ致し……あら?」
彼女が注文していた黄色い花のブーケを持って来た店員に、吉羅は向かい直った。
「待ちたまえ!」
急いで去って行った彼女を追いかけると、五分程度で追いついた。
彼女は吉羅の声に肩を跳ねさせ、それでも振り向いてくれた。
何を言ったらいいのか、どんな顔をすればいいのか、分からない様子の彼女に自然と笑みが零れる。
何年経っても、他人に気を遣い、びくびくしている性格が変わっていなくて、とても可愛らしく思った。――ずっと傍で見つめていたかった。
追いかけて来た吉羅に、隣の男が不思議そうに首を傾げた。
「何か?」
「忘れ物を届けに」
言葉少なに説明して、吉羅は彼女の目の前に黄色い花のブーケを差し出した。その中央には明らかに浮いている一輪の白い花。
白い花のために不細工な出来のそのブーケ。受け取った彼女は、だがしかしすぐに目を見開いて息を呑んだ。
「ありがとう」
たった五文字。
別れた時に言えなかった五文字。
驚くほどにさらりと口から出て、ようやく吉羅は長年抱えていた重い何かを処理出来た気がした。
「…ありがとう、ございました」
ごめんなさいと、何度も泣きながら重ねた彼女もまた、ささやかに微笑んで吉羅を見上げた。
その笑顔を最後に、吉羅は二人に背を向け来た道を戻る。
ずっと昔、彼女が星奏学院に在学中だった頃。
学院祭の後夜祭で彼女に贈った白い花のコサージュ。そのモチーフになっていた花を一輪、ブーケに挿して贈った。
当時は愛をこめて。
現在は、別離の記念に。
fin.
自分で書いててつらくなりました。何故書いた!!(笑)
あーなんかめちゃくちゃ甘い吉羅夢が書きたくなったー!!
元々はデロデロに甘い土岐夢を書こうと思ってメール機能を開いたのに。なぜこうなった。
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