◆吸血鬼×修道女
お相手→土岐蓬生
激しい雨がステンドグラスを叩きつける。その寂寥感漂う雨音の満ちる教会にキャンドルの灯りはなく、遠雷の刹那的な雷光で度々教会が眩く照らされるのみ。
寒い。寒くて、暗い。
私は寒さに白い息を吐き出しながら、首から提げたクロスを両手でしっかりと握り締める。
小刻みに震えるクロスに、寒さだけではなく恐怖からの震えなのだと自分で分かっている。
「ッ……犬が…」
教会の門前にある犬小屋で飼っている犬が、猛々しく吼えた。
何かを拒むように。その何かに怯える自らを鼓舞するように。
だが次第にその鳴き声は静まり、ついには聞こえなくなる。私の体は一層震え縮まった。
やがて、古めかしい扉が音を立てて、ゆっくりと開かれた。
「っ来ない、で…!来ないで!来ないで!!」
扉の向こうから革靴を鳴らして歩いて来る男は、私の悲鳴に唇を満足げに笑ませた。
雨音が強い。
雷光が射した。
男の横顔を一瞬照らす。
眼鏡の奥には愉悦に染まる瞳があって、私は強く強く手の中のクロスを握り締めた。
「…なんや、えらい歓迎やねえ。雨の中わざわざ迎えに来たんよ?」
「ひッ、人殺し!」
村や町で何十人という娘が餌食となっている、吸血鬼事件。
首筋に牙を突き立てられ、体内の血を一滴残らず貪り尽くされ、無残な抜け殻となり果てている娘が毎日発見されているのだ。
その吸血鬼から血で書かれたラブレターが届くようになったのは7日前からだ。
怖くて怖くて、でも警官に相談しても無視をされて、自分で自分を守るしかなくて。
毎日届く手紙を開きもせず、すぐに燃やした。
だけど、そんなささやかな抵抗も虚しく、吸血鬼は今、私の目の前に立っている。
神様、神様。
私はマリア像の足下にうずくまり、ただただ我が主に祈りを捧げるしか出来ない。
吸血鬼は滑らかな紫の髪を払いながら、ふわりと軽やかに私の眼前にしゃがみ込んだ。
何十人という女性の命を奪ってきた冷酷な吸血鬼とは思えない程に、暖かな眼差し。だけど私の頬に触れた男の手は冷え切っていた。
「あんたら人間も生きるために牛や豚を食べるやろ?それと同じことや。……でも、只の食事のために此処に来たんやないよ」
「さ、わらないで…!」
「その気の強い目、こんな間近で見れるなんて夢みたいや。俺の手紙読んでくれたんやろ?」
繰り返し繰り返し綴られた愛の言葉。攫いに行くという予告に、私は夜も眠れず震えて朝を待った。
男の指先が頬を滑り、耳をなぞると髪を一房取って唇を寄せた。
鳥肌が立つ。
雷光が教会内に走った。雨音は止まない。
「綺麗な髪やね。ずっと触れてみたかってん」
「やめ、て…」
「ひと月前、街角で足ケガした黒猫、治療したやろ?ありがとうね。痛くて帰れんかったから助かったわ」
「っ……」
男が整った顔を笑顔に変えた。
柔らかな微笑み。
何故だろう、体の震えが止まった。きっと何か魔術をかけられてしまったのかも知れない。
男の纏う香りが芳しくて、仕草一つ一つが慈愛に満ちていて、吸血鬼から目が離せなくなる。
男はそんな私に小首を傾げ、妖艶に目尻を下げた。
ふと両手に男の手が触れ、その冷たい手に握り締めていたクロスを奪われる。
神様、神様、ごめんなさい。
クロスが遠く放り投げられるのを、私はぼんやりと他人事のように眺めた。
もう、私にはあんなもの。
「吸血鬼が怖いんは、十字架そのものやのうて、神様を信じる強い信仰心なんよ。でも今のあんたは神様やなく、俺のことで頭いっぱいや。……捕まえたで、シスター」
男の、吸血鬼の、彼の瞳が赤く光った。唇からは鋭い牙がちらつく。
その牙がもたらす苦痛と快感に焦がれ、私は瞼を閉じた。
「愛しとうよ、あんたを」
吸血鬼の甘い声と共に首筋に熱い楔が打ち込まれ、私は意識を失った。
雷光は見えない。
雨音は聞こえない。
もう、私にはこの人しか。
fin.
土岐か大地かで悩みました。やっぱり吸血鬼といったら大地だし…と思ったのですが、土岐の方が似合いそうだと思い。
ヒロインはシスターらしく淑やかに、という目標でした。
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