◆執事×令嬢
お相手→島左近
授業が終わり、担任の挨拶も終えて、放課後へと突入したばかりの教室。
いわゆるセレブな家庭のご令息、ご令嬢ばかりが通うこの学校だから、教室内のあちこちで廊下に待機している自分の執事を呼ぶ声が聞こえる。
かくいう私も、クラブには所属していないからもう屋敷に帰宅するだけだ。廊下に面した窓の向こう側には、私を見つめて呼ばれるのを待っている私の執事がいる。
「左近、来て。帰ります」
声を張って呼びかけると、待ってましたとばかりに左近さんが微笑んだ。本当は左近さんと声に出して呼びたいけど、執事をさん付けだなんて聞いたことがないから。
教科書のずっしり詰まった重い鞄を机に置いて、椅子を仕舞った時に左近さんが隣に歩み寄ってきた。
屋敷では緩めている襟元も、他人の目がある校内だからきっちりタイが結ばれていて、体格のいい左近さんはちょっと苦しそう。お父様に言って左近さんの服を新調してもらわなきゃ。
左近さんは私を見下ろすと、芯から穏やかな瞳を私に向けた。顔は強面なのに、いつも、なんて優しい目をする人なんだろう。
「今日も一日、お疲れ様でした。お嬢様」
「左近にお嬢様なんて呼ばれると、くすぐったいわ」
「そういうあなたこそ左近、なんて呼び捨てにして。俺の方こそ慣れませんよ、お嬢さん」
「それもそうですね、左近さん」
執事と主人、以上の絆を持つ私と左近さん。クラスメートにも屋敷のメイドたちにも、お父様にだって秘密な関係。
いつか私はどこかのご令息のもとへ嫁ぐのかも知れない。でも、だからって左近さんへの想いを捨てるなんて今は不可能で。
そんな私のワガママを、左近さんは受け止めてくれたから。
「さ、帰りましょ。ここじゃ優秀な執事を演じなけりゃならないんで、面倒なんですよ」
「ええ、早く帰って左近の淹れるミルクティが飲みたいわ」
「あなたが望むなら、何杯でも」
こんな他愛ない、毎日交わしている会話ですら、左近さんとだと特別な響きを持つ気がする。
きっと浮かれている私の表情に、左近さんは呆れたように、でもやっぱり慈愛に満ちた瞳で私を見つめた。
「失礼、」
「あら」
校門前にさしかかった時、声をかけられて振り向くと伊達家のご令息、政宗さんが立っていた。
伊達家とはそれなりに親交のある間柄で、私は笑顔をもって彼と向き合う。
「何かご用でしょうか?」
「来週、わしの屋敷でガーデンパーティーを行う。招待状だ!わし直々に持って来てやったぞ!」
政宗さんが何故か頬を染めて私に封筒を突き出した。彼の背後に控える執事の孫市さんが、青春たねえ、なんてしみじみと呟いている。
私は薄い水色のきれいな封筒を受け取り、頭をやや下げて会釈を返した。
「お誘い、光栄に存じます。必ず伺わせて頂きますね」
「真か!孫市、来てくれるようじゃ!」
「聞いてたって。良かったな、政宗」
「約束の証に小指を出せ!」
無駄にはしゃぐ政宗さんに請われ、私はテンションについていけてないながらも右手を出した。
小指に政宗さんの小指が絡まり、ギュッと結ばれる。
なんだ、指切りげんまんか。そう思った時、私の小指が引かれ、政宗さんの柔らかな唇が指に触れた。
「ま、政宗さん!?」
「や、約束じゃ!他意はないぞ!」
約束の印に小指にキスなんてマナー、習ってないのに!
政宗さんは顔を真っ赤にしながらも足早に去ってしまった。で、去り際、孫市さんのウィンクもしっかり頂戴してしまった。
「な、なんだったんでしょう…」
風のように去ってしまった政宗さんに唖然としていた私は、唐突に腕を引かれてついよろめく。
腕を引いたのは左近さんで、執事が主人の前を歩くというマナー違反を犯しつつ、大股に校門をくぐり抜けた。
「さ、左近?離しなさい、皆が見ているわ」
「聞けませんな」
「ダメよ。執事にあるまじき行為だって、あなたが咎められちゃう」
「構いませんよ」
「っ、左近さん!」
聞く耳持たない左近さんに、私はつい主人の仮面を取って名前を呼ぶ。それでも左近さんの足は止まらず、腕を掴む力は一層強まった。
そのまま校門前に待機していた家の車に乗り、帰宅するとまっすぐ私の自室に入る。
いつもなら私の着替えを済ませて、左近さんがあったかいミルクティを淹れてくれて、しばらく勉強タイムに入るんだけど…。
左近さんは部屋に入ると私をソファに座らせ、自分はその前に片膝をついた。
「小指を」
「え?」
言われた言葉があまりに突然だったから反射的に訊き返すと、左近さんは苛立たしげに眉を寄せて私の手を取った。
そして、なんと、私の小指を口内に入れたのだ!
「さッ、左近さん!?」
私が慌てて手を引こうとするも、手首をがっちり掴まれてて抜けない。
その間にも熱い舌が指先から股、関節をひとつひとつ確かめるように弄る。
時折、やんわりと甘く噛まれて、私は恥ずかしさに気絶しそうだ。
また、左近さんの表情があまりに真剣で、どことなく野性的だから。
私は何も言えず、ただ左近さんの行為が済むのを待った。
やがて、濡れた音を立てて左近さんの唇が指から離れて。
低く掠れた声が、私の鼓膜を震わせた。
「……ヤキモチ、妬き易いんですよ」
「だ、だからって舐めなくても」
「だって、愛してるんで。嫌でした?」
「嫌なわけ、ないけど…」
ストレートな愛の言葉に、息が止まりそうなくらいトキメいた。
左近さんは余裕のある笑みを浮かべて、私の頬に唇を落として。
「可愛いですよ、左近だけのお嬢様」
fin.
今回のバトンの試練の中で一番ノリノリで書きました!!左近!わたしの旦那!!
最近とあるアプリの影響で執事熱がアツいです。左近で書けてよかった!
今作のヒロインはちょっと幼く可愛くを目指して書きました。
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