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弓道部のなかなかハードな練習を終えて帰宅した俺は、キッチンの惨たらしい状況にドサリと重い荷物をフローリングに落とした。

「な…なんだ、これは…!」

コンロに置かれた鍋は何か茶色い液体が、おそらく煮込まれすぎたのであろうこびりついていて、コンロにはその液体が噴き出したのか汚れに汚れている。
まな板には元々の形状が分からないほどぶった切りにあった緑色の野菜が飛び散っている。包丁はどう扱えばこれほど痛ませられるのかと首を傾げるくらいに、刃が毀れている。
何を作ろうとしたのか、片栗粉らしき白い粉がキッチンいっぱいに振り撒かれていて、恐る恐る食器棚の持ち手を触ると、指先が白く染まった。

「一体どう暴れたらこんなに汚れるんだ!」

無人のキッチンだけど、誰かが酷い扱いをしなければこんなことになるはずがなく、両親のめったに帰らない有川家は俺と兄さんしか住んでいない。
そしてその俺が目を剥いて驚いているのだから、犯人は自然と一人に絞られる。

「兄さん…ッ」

キッチンにはめったに立たず、料理なんてそれ以上にしない兄さんだ。どうしてこんな暴挙に至ったのかは知らないけど、とりあえずは一喝したい。
制服のポケットに入れていた携帯を乱暴に取り出して、メモリーから兄さんを探してすぐに電話をかける。

『もしもし、譲か?』
「兄さん!!なんだよこれは!」
『は?これってどれだよ』
「キッチンに決まってるだろ!どんな調理をしたらここまで汚れるんだ!」
『………ああ、なるほどな』

俺の怒鳴り声に全く動じず、むしろおかしげに笑い声すら含ませて兄さんが呟く。
そんな態度が俺の神経を逆撫でするって、生まれた時から一緒にいるんだからそろそろ気づいてくれたっていいのに。

「兄さん…!」
『俺じゃねぇよ。アイツだ、アイツ』
「あいつ?』
『今日、家のカギ貸してくれって言われてな。何の目的かと思ったが、そういうことだったか』

兄さんがアイツと呼んで、抵抗なく家のカギなんて大事なものを貸せる人は一人しか思い浮かばず、俺はあんぐりと口を開いた。

「じゃ、じゃあ、これは先輩が…?」
『なんだよ、そんなにひでぇ事になってんのか?俺が帰るまでそのままにしといてくれよ。見たい』
「切るよ!先輩を探さないと!」
『おい、ゆず――』

兄さんの制止を軽く流して電源を押す。
先輩…!先輩、一体何が…!何があったんだ!?
いくら料理の苦手な先輩でもここまではならないはずだ。何かあったに違いない!

「先輩…っ!」

教科書の入ったカバンを足で邪険に蹴り壁に寄せながら、俺は兄さんとの繋がりを切ったばかりの携帯で次は先輩を呼び出そうとした。
その時、二階から微かな物音がして、俺は動きを一瞬で止めて耳をすませる。
あの京で、磨かれたのは弓の腕と、生死を懸けて戦う手段。どれほど小さな音だろうと鍛えられた耳が逃すことはない。
そしてそれは二階にいる人物も同じのようで、一瞬で気配を消し去ると吐息一つさえも零さずじっと静かにしている。

「…俺の部屋、だな」

音の聞こえた方角的に、俺の部屋だ。
俺はそこで必死に隠れている人を引っ張りだすべく、自室へと向かった。








「……ごめんなさい、譲くん」

俺が部屋に足を踏み入れると、ベッドの中で丸まっている先輩が蒼白な顔でひょっこり顔だけを覗かせた。
薄紫の滑らかな前髪を白い片栗粉が染めている。
しょんぼりと下げられた眉尻に、こっちを怯えて見つめてくる顔があまりに…可愛くて。
俺は心配よりも怒りよりも、微笑ましさから小さく笑ってしまった。

「…どうしたんですか、先輩」
「…晩ごはんと、ケーキを作ってみたくて」
「どうしてこの家で?」
「だって、譲くんに食べてもらわないと意味ないもん」
「俺に?」

先輩の意気消沈しきった声で紡がれた俺の名前に、心臓が跳ねる。何年も何年も好きだった人の声は他の誰と比べても特別で、俺の頬は緩むばかりだ。
先輩はゆっくりと上体を起こして俺をまっすぐ見据えた。

「だって譲くん、誕生日じゃない!」
「……え?」
「今日!」
「……あ、本当だ」

そういえば、教室の黒板に書かれていた日付はまさしく俺の誕生日だった。なんてぼんやり思い出す。
もそもそとベッドから抜け出てきた先輩はキャベツの切れ端やら油が点々と描かれたエプロンを着けたままだ。大方、調理の途中で絶望して投げ出したんだろう。現実逃避に選んだ場所が俺のベッドの中だったってことが、少し――いや、相当嬉しい。

「それじゃ先輩、俺のために料理を?」
「そうだよ。でもごめんね…。汚すばっかりで…」
「…いえ、嬉しいです。とても。すごく、嬉しいです」

じんわりと胸が暖かくなった。
やっぱり俺はこの人が好きだ。誕生日というこの日に、それを改めて胸に刻めて、俺は幸せだ。

「ほら、行きましょう。一緒に片づけて、一緒にご飯を作りませんか?」
「…うん!ごめんね、ほんとに」
「ごめんじゃなくて、他の言葉が欲しいですね」
「あ!…えっと、誕生日おめでとう!譲くん!」

満面の笑みで告げられた言葉が、何よりのプレゼントだと、この人は分かっているんだろうか。
さっきまでのしょげた姿とは一変して、軽い足取りで部屋を出て行く背中を追って俺も部屋を出た。
ひとまず片づけが終わって落ち着いたら、その時はとてつもなく不器用で、とてつもなく可愛らしい人をそっと抱き寄せてもいいだろうか。

「…兄さんが帰ってくるまでに、片付けばいいけど」




fin.





誕生日おめでとう譲ー!!
愛してる!!全力で愛してる!!
これからも愛してるー!!

譲×望美で、既に付き合ってる設定でした実は!
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