◆貴族×平民
お相手→福地桜智
「もうー!!いい加減にして下さい!しつこい!うるさい!」
「あの…すまない…」
狭苦しいリンゴ畑に響き渡るはわたしの怒鳴り声。赤く色付くリンゴのたくさん入ったカゴを地面に乱暴に置いて、わたしは収穫中なのに背後をずっとついて来る一人の男を睨み付けた。
わたしが一人で切り盛りするリンゴ畑。その小さな畑のある村のある丘のある地帯のおよそ七倍が、この国の領地である。
その国を統治する政府の中の一人、高貴な生まれであるハズの男は、わたしの怒鳴り声にしょんぼりとうなだれた。
政府よりこの地帯を治めるべく派遣された貴族、福地桜智である。
彼が赴任してきてからまだ二週間。
どこぞの市場を視察中、リンゴを売っていたわたしを見て一目惚れしたらしく、それからというものこの畑に通ってくるのだ。
桜智さんの館からは近くないのに、毎日毎日馬を走らせて…ご苦労なことだ。馬が。
桜智さんは、わたしが勢い良く地面に置いたために中から零れ落ちたリンゴを拾い上げ、わざわざカゴに戻す。いかにも高級そうな服の裾で、リンゴについた土を拭いて。
リンゴは売り物だ。わたしはリンゴを売ることでしか生活できないし、そのリンゴが傷つくと売れないため、確かに大事に扱うべきなんだけど…。
一生懸命に土を拭っている桜智さん。ちらりと見ると、伏せた睫毛のなんて長いこと!
…礼を言うべきかしら。その…わたしが落としたリンゴなのに…服で拭かせるなんて。
「あ…、これを貰うよ…」
わたしがお礼を言うべきか悩んでいる内にリンゴは全てカゴに戻り、すらりと立ち上がった桜智さんがわたしに銅貨を差し出す。
見れば桜智さんが買うと言ったリンゴには、到底売り物にはならない傷が。
………もう!
「な、何よ。買い取ってくれたからって、礼なんか言わないわよ!それともリンゴ一つくらい大した値段じゃないっていうイヤミ!?」
「勿論違うよ…。キミの育てたリンゴになら…いくらでも払える…」
「あらあら、そんなにあなたの館にはお金が有り余ってるのかしら。わたしのような平民には別次元ね!」
「あ……その、…」
わたしのひねくれた物言いに、桜智さんは困惑しきって黙り込んだ。…またやっちゃった。いつもこうやって桜智さんを困らせちゃう。
本当は、もっとちゃんと優しくして、ちゃんと会話して、ちゃんと笑って欲しいのに。
天の邪鬼なわたしはいつも反抗的になって、今もまた後悔してるのに謝れない。
結局息を吐いて頭を冷やし、わたしは話題を変えることしか出来なくて。
「………何の用ですか。まさか昨日や一昨日やその前と同じ用件じゃないでしょうね」
「ご推察の通りだよ。昨日や一昨日やその前と同じく、キミに、その…私の妻になって欲しいと…」
「桜智さんは身分というものをご存知ないようですね。あなたは貴族、わたしは平民。従って結婚は不可能です」
「それでも私がキミを大好きな気持ちは偽れない」
無愛想に桜智さんの求婚を流したわたしを咎めることなく、いつもよりハキハキと言葉を継ぐ。
ぼーっとした目から一転、凛と意思を灯す瞳は文句なしにカッコよくて、わたしは何も言えずに口を噤むしかない。
「…キミが…好きだよ…。とても」
「でも、わたしはただのリンゴ売りで、」
「私は、キミだけが好きだ」
「…だからわたしはただのリンゴ売りだし、」
「キミの事が私は――」
「ああもう分かったから!」
わたしの方が正しいはず。なのに桜智さんはわたしの声が聞こえないのか聞いてないのか、同じ台詞を繰り返して。
あまりに直球だから、どんな顔をしたらいいのか分からなくて目を逸らす。桜智さんが小さく笑う声がした。
「わ、笑わないで」
「すまない…キミが愛らしくて」
「っっもう帰って!収穫のジャマです!」
本当はもうカゴいっぱいにリンゴを収穫出来たから、あとは帰るだけだ。桜智さんも毎日ここに通ってわたしの仕事ぶりを見ているんだから、カゴを一瞥したらウソだと分かったらしい。
でも敢えて何も言わずに桜智さんは頷いた。
「そうだね…私は失礼するよ。また明日に来ても構わないかな…」
「明日は来ないで」
「え…」
「明日は、リンゴを市に並べる日なの。桜智さんの館近くの市に。だから、つまり、たまにはわたしが会いに行ってあげるわ」
横柄なわたしの言い方に気分を害することなく、桜智さんは極めて晴れやかに笑った。この笑顔に弱いのよね…悔しいけど。
「ああ…キミはなんて心優しく可愛らしいんだろう…。明日は盛大な宴をもってキミを歓迎するよ」
「普通でいい!普通でいいから!」
「鶏…丸焼き…。食事後の甘味は隣町の和菓子職人を呼び寄せて…。贈り物は御上より賜った絹で仕立てさせれば…」
「(この金持ちが!)」
fin.
桜智で書くか東金で書くか悩んだ結果、桜智になりました。世界観がさっぱり分からない(笑)
ツンデレヒロインでしたー。
PR