寒さを感じてゆっくり目覚めると、眠る前までは隣にあったはずのぬくもりが居ないことに気付き、俺は短く嘆息した。
坂本はいつだって、俺に何も言わずに宇宙へ帰り、何も言わずに地球に戻ってくる。気ままな奴。気まぐれな奴。
風の吹くまま生きているような奴だ。自由な奴。(実際は仕事に一生懸命なことは知ってるがな)
ふと気配がして窓に目を向けると、坂本はいつもの赤い上着のみを羽織り、無駄な脂肪がついていない綺麗な体を月光にさらしていた。
壁に背を預け、窓を数センチだけ開いて、その隙間から坂本はひたすら空を眺めている。
その目は輝いていて、まるでヒーローに憧れる少年のように、バレリーナに憧れる少女のように、坂本は宇宙を見ている。
きっとコイツは俺が居なくたって歩いていける。
その事実は、いつだって俺を切なくさせる。
坂本の居ない地球は何かが足りない気がする。坂本が傍に居るだけで、俺は笑えンのに。
坂本は俺が居るだけじゃ駄目らしい。いつも数日地球で過ごすと、さっさと空へ帰って行く。
満腹になるとさっさと離れていく猫のように。坂本は朗らかで明るいように見えて、簡単には人に懐かない男だった。
「坂本」
「おお土方。今日もお月さんは綺麗ぜよ。まっこと美人やき」
「そうかよ。俺にはいつもと同じに見えるがな」
「月も星も地球から見た方が綺麗ぜよ…。見惚れるのー」
「そりゃ地球からじゃねーと綺麗じゃねーだろ。当たり前だろーが」
「涼しくて気持ちええし、土方もおるし、言うことなしじゃき」
俺はついでかよ。メインは宇宙かよ。
あまりにさらっと言うもんだから、俺は怒る気も失せて笑っちまった。それとも俺も挙げてもらえたことに喜ぶべきなのか。
窓から吹く隙間風のせいで肌寒くなってきた。俺は布団を肩までかけた。坂本は寒くねーのか。
「…坂本、お前、仕事や宇宙以上に好きなモンってねーのかよ」
「好き、っちゅうんは難しいの。昔の仲間は大事に思っちゅうし、おんしも大事ぜよ。おんしと会うと気分転換になるしのう」
「気分転換…」
「先月は大変やったぜよ。仕事がなっかなか上手くいかんで気分転換に降りてきたら、おなごに病気移されたぜよ~。アッハッハッハ!」
「…先月」
先月、俺はコイツに会っていない。先月コイツが地球に来てたことすら知らなかった。
てことは今日は、女禁止令を陸奥に出されたか何かで俺ンとこ来たってことかよ。マジで気分転換のみってか。
「土方、寒いがか?」
「あ?」
「顔、青くなっちゅう」
「いや、別に。寒くねーよ」
「暖めちゃるよ」
窓を閉め、坂本は上着をそこらに捨てると布団にもぐりこんでくる。上着を羽織っていたとはいえ、窓の近くで風に当たっていた坂本の体は冷え切っていて、坂本と同じく何も着ていない俺の肌にまで低温が移る。
「土方はまっこと…」
「…なんだよ」
思わせぶりに言葉を切ると、坂本は俺の耳に短く口付けた。リップ音が鼓膜に刺さって、くすぐったさに背筋が粟立った。
「まっこと、可哀相」
坂本はくすりと笑った。いつも豪快に笑う奴が、ここまで陰湿に笑うと逆に格好良く見えて。…いや、それは俺の目が悪いのかもしれねーな。
「おやすみ、土方」
きっと目が覚めるとコイツは居なくなっているんだろう。いつものことだ。
空が憎い。月も星も貿易とかいう仕事も、坂本が愛しいと思う全てが憎らしい。俺だけで満たされてくれねェ坂本が憎くてしょうがねェ。
何も見たくなくなって閉じた瞼の上に口付けされた。坂本の唇は、俺の腰を抱く腕や、絡められた足と同じく冷たかった。
空を恋う、お前に焦がれる。
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