忍者ブログ

02

1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
□    [PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。











はらはらと、霧に濡れた葉が風に乗り、地に落ちる。
その葉を無慈悲に踏みにじりながら、月光の届かない山深くへと走る足音は、二つ。

『逃げて下さい』

そう、言い残した人は、銃創から夥しい血を流しつつも不敵に笑い、大きな刀を手に戦場へと去って行った。去ってしまった。

『逃げて下さい。殿を頼みます』

最期の言葉が何度も脳裏をよぎる。飄々として、澄み渡って、綺麗で、勇ましく、潔く死を覚悟した男の眼差しだった。
あの人が好きだった。ずっとずっと好きだった。髪を撫でる武骨な手が好きだった。揶揄を飛ばす低い声が好きだった。
何よりも、恋人よりも大切なものの為に生きた心が好きだった。

息が切れて来た。ずっと走りっ放しだ。後ろをついて来る呼吸も辛そうで、ちらりと振り返る。
赤茶の艶やかな髪は血と汗と細かな霧に濡れ、青白い頬に張り付いていた。
右手に握る扇も真っ赤に染まり、具足は泥にまみれている。
瞳は、関ヶ原決戦完敗という残酷な現実に揺れ、震え、今にも透明な何かが溢れ出してしまいそうだった。

『逃げて下さい。殿を頼みます。大阪まで守り抜いて下さいよ』

左近様、三成様は今すぐにでも腹をお召しになりたそうにしか見えません。それでもあなたは逃げて再起を図れと言うのでしょうか。絶望に浸かり切った、この脆く細い肩に、まだ希望を無理矢理にでも背負わせようとするのでしょうか。
目より下を隠す黒い布が、じわりと涙で濡れた。この可哀想な敗北者を、大阪まで逃がした所で何の意味があるのでしょう。また次も負けたなら、何処まで逃がせばよいのでしょう。旧友と命を奪い合う非業に、何時まで翻弄させればよいのでしょう。
左近様。もういない。もういないのなら、命を破ってもよいでしょうか。

私は足を止めた。三成様が慌てて隣で足を止める。激しく呼吸を繰り返しながら、戸惑った眼差しで私を見つめた。

「っ…は……ッどう、した…?」
「三成様は、どうなさりたいのでしょうか」
「…?大阪へ、と…左近が、」
「三成様の願いは臣下の願い。ですが臣下の願いは三成様の願いではない」

三成様は言葉をなくした。紫色の唇が小刻みに震える。
追っ手の気配に木々がざわめいた。人数、六。徳川家の有する忍軍団だ。
まだ遠い。だけどすぐに追いつかれる。私のような一介の忍が、あの服部半蔵率いる忍軍団にいかほど太刀打ち出来ようか。
しかし、さほど大した問題ではない。

「三成様、どちらへ参りましょう」
「…俺、は…」
「何処へでも」
「……左近がおらぬと、俺もお前も迷い子か」

三成様がくしゃりと泣きそうに微笑んだ。いや、目尻から一筋、涙が零れ落ちた。

『逃げて下さい。殿を頼みます。大阪まで守り抜いて下さいよ。殿さえ無事なら、希望は潰えない』

潰えるのです。三成様の脈は正常に打っていても、左近様の脈が途切れてしまえば潰えるのです。泣いてしまうのです。迷ってしまうのです。立ち止まり、見失い、途方に暮れて、空を仰ぎ、喉を嗄らし、拳を握り締め、何度も何度も、左近様の最期の笑みを、何度も、思い出す。

三成様は目を赤くさせながら空を見た。この潰走が始まってから、ようやく今、普段の沈着さを取り戻していた。

「…最期に、大阪城を一目見たいと、思う。秀吉様の豪奢な城を、今一度」

三成様の願いに、私は頷くと白い左手を取り再び走り始めた。逃げる為に走っていたさっきまでとは違い、願いを果たす為に走る今は、酷く清々しい。
足取りも軽い。疲れも痛みも彼方へ去った。追っ手は更に近付いている。三成様も私も分かっていた。到底逃げられない。

私は不意に三成様の手を乱暴に引き寄せ、なだらかな傾斜を転がり落ちた。山道から逸れた獣道に落ち、三成様が呻く。
私は三成様の髪についた葉を払って、その身を起こさせた。そして自らの忍装束を脱ぎ捨てる。三成様が目を見張った。

「何をしている!」
「左近様の願いを、叶えます」

左近様は言った。その最期の声を一言一句漏らさず、私は声に乗せた。

『逃げて下さい。殿を頼みます。大阪まで守り抜いて下さいよ。殿さえ無事なら、希望は潰えない。…あなたに殿を託す意味、分かってますね?』

左近様、あなたが好きだった。朗々と恋人に死を促す非道ささえも。
私は顔を覆っていた布を取り払った。三成様の目が苦しげに歪む。三成様の瞳には、三成様と双子とも見紛う私の顔が映っていた。
肩につく赤茶の髪。冷酷とも言われる鋭い瞳。鼻も唇も肌の色も、性別を除いて、私は三成様と同じ。
左近様、私はちゃんと分かっていました。こういう時に三成様の影武者をさせる為に、あなたが私を側に置いていた事を。それでも構わないと思っていたから、私はこうして務めを全うしようとしているのでしょう。
ただし、私は結局あなたの望みを叶えられない。もうこれ以上、過酷な宿命に傷ついていく三成様を見ていられないのです。
だから私のこの顔は、三成様の新たな生の為に使う。左近様、ごめんなさい。でもきっと許してくれる。三成様を、命を懸けて逃がした左近様なら、きっと。

私の脱いだ装束を三成様に手渡す。三成様はうなだれた。山の獣も、戦の音に怯えて去った静寂の中で、私は一糸纏わぬ姿のまま、三成様の覚悟が決まるのを待つ。
やがて三成様の指先が自らの鎧を解き始めた。追っ手の足音が微かに耳に届いた。
服を交換し終えると、私は三成様の扇を握り締めた。指が冷え切っていて感覚がないと、今気付いた。

「三成様、無事に大阪城へ辿り着いたなら、そのままひっそりと生きて下さいね。決して投降などなさいませんよう。これから石田三成として命を散らす私が無駄になります故」
「………左近は、ちゃんとお前を愛していた」

三成様はその言葉を最後に、西へと山道を走り去った。なんて優しい台詞を残して下さったのでしょう。
その背を見送るとすぐさま、私は死ぬ方法を企て始める。
敵方に捕まっては性別から偽者と知られてしまう。遠目に私を石田三成と判別させ、しかし捕まる事なく、屍さえも彼等には渡さず、されど確実に死んだと分からせなければならない。

「……崖」

崖から落ちるのがいい。際で追っ手に追い詰められ、少しの抵抗を見せ私の外見をその目に焼き付けてから崖から落ちるのがいい。出来れば下は川がいい。流されてしまうのが一番見つからない。

「……左近…様」

あなたもこんな気持ちだったのでしょうか。果てのない暗闇へと歩み寄る、この恐怖。三成様が逃げる時間を稼ぐ為に重傷の体で戦場に立ったあなたは、いつものように鷹揚に笑っていたけれど、それはどんな感情を潜めていたのでしょうか。
左近様。もういない。私も、いなくなる。
追っ手が間近に迫る気配に、私はわざと足音を立てて走り始めた。
はらはらと、葉が落ちる。無慈悲に踏みにじった。











「……怖い夢でも見ましたか?」

左近先生のあったかな掌が、汗で額に張り付いた前髪を払ってくれた。ああ、私はぐっすり寝ていたらしい。
鮮やかな朱色で満たされた夕暮れの保健室。左近先生の皺くちゃな白衣に、私は抱きついて涙に濡れた顔を拭う。左近先生が困ったように苦笑した。
頭がぼんやりする。これは夢?それとも現実?

「学校ではくっつかないようにと、何度も言ってるんですがねえ」
「……死ぬ夢、見たの」
「死ぬ夢?」
「……死にに行く夢って言った方が正しいかも」
「それは怖いですね。でも大丈夫ですよ、あなたは二度と死にに行く必要などない」

左近先生の手が背中を優しく撫でていく。希望なんてない山中を、徐々に追っ手に追いつかれながら、恋人には影武者を頼まれて、散々な夢だった。胸がきりきりと締めつけられて痛い。
頭がぼんやりする。これは夢?それとも現実?

「左近先生、」
「どうしました?」
「左近先生は私のこと、ちゃんと好きですか?」

大きく逞しい体をぎゅっと捕まえて、左近先生の胸に頬を押し付ける。大好きな先生。いつから好きだったかしら。とりあえず大好きな人。髪を撫でる武骨な手が好き。揶揄を飛ばす低い声が好き。

「ちゃんと好きですよ。次は幸せにすると、決めていますから」
「次、は?」
「ええ」
「……前の彼女の話してる?」
「あながち間違っちゃいませんが、安心して下さい。俺は今も昔も、あなた一筋の男ですよ」

前の彼女の話とか持ち出しながら、今も昔もとか!
適当すぎる左近先生をじろりと睨むと、先生は動じた様子もなくへらりと笑った。
その笑顔が夢の中の左近様と重なって、私は焦って先生の手を掴む。
行かないで。
咄嗟にそう感じた。夢?現実?

「先生…」
「…まだ混濁してます?俺はしがない養護教諭ですよ。戦人じゃない」
「う、ん……」

どうして、夢の内容を知ってるの?
そう訊きたいのに急激に眠くなって、再びベッドに身を横たえつつ私は必死に重い瞼を開ける。
はらはらと、開けていた窓から葉が一枚、風に乗って入って来た。左近先生の手が慈悲深く、その葉を指先で愛でる。
もう起きていられない。またあの怖い夢を見るの?

「俺がいますよ。安心して眠って下さい。…辛い夢なんて、あなたは見なくても構いませんから」

左近先生の手が私の頬を撫でた。
不思議と、さっきの怖い夢は見ない気がした。良かった。絶望に沈む山の中で、独り、命の灯火を消す瞬間なんて、もう見たくない。

「……逃げましょうか。その夢から、今度は二人で」

左近先生の手が、迷い子の私を導くように伸ばされた。
ああ…今いるこの保健室が現実だ。左近先生の温もりが、そのとてつもなく幸福な事実を教えてくれる。
好きな人が側にいる。それは、とても奇跡なことなんだ。












fin.










前から関ヶ原敗戦後の逃避行は書いてみたいと思っていたんです。でもいざ書いてみたらあまりにダークだったので、救いになればと転生設定にしてみた!三成はちゃんと転生してるんだろうか(笑)
てか転生設定にしなかったら左近がただの酷いやつで終わってた。
しかしシリアス楽しいなー!
PR
Name

Title

Mailadress

URL

Font Color
Normal   White
Comment

Password
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

忍者ブログ/[PR]

Template by coconuts
カレンダー
01 2025/02 03
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28
リンク
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[07/20 霜月]
[06/19 霜月]
[05/20 霜月]
[03/21 霜月]
[03/11 霜月]
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
氷河心
性別:
女性
バーコード
RSS
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
アクセス解析