弓の鍛錬や、仲間のみんなと集まっての軍議。
天鳥船内を歩き回り、そこに乗る民衆や兵士の皆さんの様子を確認。
何か問題があれば即座に対応するし、慕ってくれる幼い子どもは喜んで抱き上げた。
忍人さんの厳しい指導を見守って、日向のみんなの賑やかな宴にちょっと参加して、道臣さんから食糧補給路の相談を受けて。
そんな、目の回るような忙しさも夜の訪れと共に終わりを迎える。
静かに夜空を飛び進む天鳥船の中央に位置する自室に戻った私は、一人になった空間に肩の力を抜いた。
「ふう……」
誰もが、近い将来に起きる橿原奪還決戦に不安を抱いている。兵士はそんな不安をかき消すように武器を磨くし、母親は子を抱きしめ眠りにつく。
不安、だよね。先の見えない未来は、私もとても不安だもの。
でも私はそんな不安を抱く人々を纏め、導く立場だから。
「…不安だとか疲れたなんて、言えないわ」
宿題をこなしたり、体育の授業でランニングしたりなんていう現代の生活とは比べ物にならない程の運動量。
何よりも現代で平和に暮らしていた頃とは、背負う重責が違う。それが精神を蝕み、更に体を疲弊させてるんだろう。
私はベッドに倒れ込んだ。地上よりも太陽に近い位置で干してくれているからか、布団は常にふかふかで私を癒やしてくれる。
柔らかく暖かな布団に左頬を預け、ただ何を考えるでもなく無心になる。
疲れているのに、頭が妙に冴えて眠くならない。早く寝なければ…。明日も早いのに。
無理やり瞼をぎゅっと閉じた私に、慎ましやかなノックの音が聞こえた。
「二ノ姫、夜分遅くにすみません」
「……リブ?」
リブの声だ。私は跳ね起き、急いでドアを開ける。
そこには左手に持つトレイにティーポットとカップを乗せて立っているリブが、苦笑気味に笑っていた。
「や、すみません」
「リブ…どうしたの?」
「ついさっき、姫がこちらにお戻りになるのを見まして。近頃、ずいぶんとご多忙の様子でしたし、温かいお茶でも、と」
空のカップと、ティーポットから微かに漂う甘い香り。わざわざ淹れに来てくれたんだと、私はリブの気遣いに自然と笑みを零した。
「ありがとう、リブ。ちょうど眠れなくて困っていたの」
「そうでしたか。体が疲れすぎるとかえって眠れなくなる時もありますからね」
優しく笑うリブ。…そういえば今日はこれがリブとの初めての会話だ。
リブを室内に招き入れて、テーブルに腰を下ろす。
私の傍らに立ったリブはトレイをテーブルに置き、お茶の用意をし始めた。
でもその手が急に止まり、私はリブを見上げる。
リブは私を真っすぐ見下ろしていて、何か言いたげな気配に首を傾げる。
「リブ?」
「…最近、こういった時間も持てなかったなと思いまして」
「そうね、リブと二人で話すのも久しぶりだわ」
「てっきり、二ノ姫は私などお忘れになってしまったのかと」
いつもの、少し困ったようなリブの笑顔がどこか寂しげに見えた。
確かに今日は……ううん、そういえば昨日もその前もリブとは話していなかったかも知れないけれど、忘れるなんて。
「そんなことないよ。忘れるわけがないでしょう」
「や、それならいいんですが」
「…本当に納得している?」
「ええ、割と。姫は嘘なんてつかないですから」
リブは私の言葉を軽く流すと、慣れた手つきでカップに琥珀色の液体を注ぎ、私の前に置く。
湯気を立てる温かいお茶に、私はカップを両手で包み込み温もりを楽しんだ。
「あったかい…」
「淹れたてですからねえ」
「香りもいいわ。美味しそう」
「そう誉められると…」
私の向かい側に座り、少し照れた様子で頭を掻くリブに、何だか微笑ましく感じて私は頬を緩ませる。
一口飲むと、温かい液体が胃まで流れ落ちるのが感じられて、ほのかな甘さが疲れた身に染み渡った。
「…美味しい」
「や、ありがとうございます」
「毎日リブのお茶を飲めるアシュヴィンは幸せね」
「姫も毎夜の日課にして下されば、私があなたにお会い出来る口実にもなるんですが」
「え?いいの?」
「姫が良いなら、ね」
常に穏やかさを湛えるリブの瞳が、薄く開いて私を捉える。真剣さを秘めた眼差しに、何故か胸が高鳴った。
つい咄嗟に言葉が出ず、妙な間を取り繕うために私はカップを口に運ぶ。
リブは黙ったまま私を見ていて、ごくりと動く喉の音がやけに大きく響いた気がした。
そんなに見られると…緊張しちゃって、無意識に目が右往左往してしまう。
「………や、困りました」
「リ、リブ?」
「私まで照れてきました。いやはや、姫は何とも愛らしいことで」
「そんなこと…っ」
「ねえ、二ノ姫」
「な、なに?」
普段の丁寧な口調を崩したリブが、僅かに顔を寄せてくる。
ティーポットから漂う甘い香りと相俟ってか、お茶に体が暖まったからか、顔に熱が集まって。
リブは口角をやや上げ、ほんの少しだけ意地悪な笑顔を浮かべた。
「姫は殿下以上にこなすべき仕事が多いようですが…」
「え、ええ…」
「たまには、姫に構って頂きたいと願っている男が居る事をお忘れなく」
すぐに「……なんてね」と柔らかく笑ったリブだけど、数秒前の台詞に翻弄されたままの私は、また逃げるようにカップに唇を寄せた。
fin.
遙か5やって一旦休憩ーってPSP置いたときに視界に入った遙か4愛蔵版のケース……。
その瞬間にこのネタが浮かびました。ほんとは風早で浮かんだんですが!
遠夜とサザキしかクリアしてないけど、いつか絶対全員クリアするから待ってて遙か4!!(笑)
で、今日仕事中に桜智のこと考えてたらカッターで手のひらを切り裂きました。軽率だ!
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